2008年10月28日火曜日

別府 FOUR DAYS TRIP

Nikon D40 AF-S DX Zoom-Nikkor ED 18-55mm F3.5-5.6G II

以前、『別府 ONE DAY TRIP』というのを書きましたが、その後、この場所を対象に研究を進めていくことになっていったので、今回再び調査を行うために先生と別府へ行ってきた。

[DAY 1]
夕方の便で現地入り。
ホテルから近い最もメジャーな竹瓦温泉で早速ひとっ風呂。
地元の人が行く様な飯屋で、刺身なんかを肴に晩酌。
隣にいたマカオからの観光客が、先生の食べていた雑炊に興味を抱く。


[DAY 2]
朝から早速市内の大学へ。
昼は、漁協でじゃこ飯を食べる。
米:じゃこ=1:1である。

昼からは別の大学へ。
アットホームな雰囲気の学校で、何人かの大学生が我々に「こんにちは」と挨拶をしてくれた。

そして、また晩に温泉へ。
鉄輪温泉ってとこ。湯けむりに緑のライトを当てて、妙な雰囲気を演出していたのが印象的だった。たしか、地獄めぐりと銘打っていたような。


[DAY 3]
この日は、市役所へ。
さらに、そこで紹介された別の機関を訪れた。

ここまで、まちづくりに力を入れている人々に出逢ってきたのだが、「女性の熱意」というものが非常に印象に残っている。もちろん男性にも熱心な方はいるのだが、ここでは女性が大変熱心に活動していることが目立った。(極端ではないが)男尊女卑思想をうっすらともっている自分の考えは、ここ最近徐々に薄まっている。

この日で先生は一足先に帰名することになっていたのだが、夕方に温泉に入りにいったということもあって、飛行機の出発時間が迫っていたため、ハイウェイを飛ばすことになったのだが、現地の高速道路は山の上を通っており、濃霧でたいへんなことになった。

ここだけの話、ちょっとビビってしまい、1分だけ心を乱したせいか、目がクラクラしてもの凄い恐怖に襲われた。1分の格闘の末、恐怖に打ち勝ち、なんとか離陸時間よりも早く到着することができた。あの感覚は、初めての感覚だった。


[DAY 4]
最終日もハードだった。
午前中は国際学生が半分を占める大学へ。
学祭前で看板なんかがたくさん出ていたのだが、なんとも国際色豊か。日本語のみで書かれている看板が見当たらなかった。あと、おもしろかったのが、大学生協のおみやげに、タイカレーが売られていた。食堂も、中華、和食、洋食といったようにカテゴライズされているだけでなく、どんな肉が使われているのかまで明示されている。

そもそも今回の調査というのは、近い将来日本にも訪れるであろう「内なる国際化」の実態を、いち早くそういった環境へ変貌しつつある別府から学ぼうという主旨のもと行っているのだが、まさにこの大学の中では、完全に国際化が進んでいて、非常におもしろかった。

この後は商工会議所、アート系NPOの人と温泉に入る暇もなく、動き回り、前日と同様に、ギリギリ空港に着くような状況だった。


現在国は、『留学生30万人計画』というものを打ち出している。今現在の留学生数は、十数万ほどであるから、今の3倍近くの留学生が日本で生活することを想定している。そういった背景のもと、留学生が生活しやすい、そして日本人と外国人が上手に共生していく社会をどのようにつくっていくかといった問題を抱えている。

そういった課題に対して、いち早く取り組んでいるのが別府という街である。そこから学べることを今回の研究の中で、明らかにし、近く訪れる国際化への提言をすることが、自分が行っている研究の目的である。

今回合計14人の方から話を聞かせて頂いたが、どの方も日々様々な問題に直面しながら、より良い社会を、より良い人材をつくろうと一生懸命に取り組まれていた。一方で、こうして我々が色んなところへ行って、話を聞きながら、我々特に先生が持っている有益な情報を彼らに伝えることで、彼らの行っていることを俯瞰的に見る機会を与えているのではないかという気づきがあった。そう思ったときに、先生の行っている仕事ってど偉いことだな〜〜〜と感心してしまったと同時に、サラリーマンにこういうことできるのか?という疑問が生まれてきた。

研究のためにいったTRIPだったが、そんなことを最後に思わされたTRIPだった。



たぶん少なくともあと1回は行く事になりそうだ。

2008年10月27日月曜日

ほにゃららな秋

フットサルで久々に優勝!

その二週間前にもバスケのリーグ戦で勝利を納め、快調快調。

何がいいたいかっていうと、スポーツの秋ってこと。

2008年10月19日日曜日

野村克也に学ぶ

現楽天の監督である野村克也氏の著書、『野村再生工場ー叱り方、褒め方、教え方』を読んだ。

この本は、「野球」というモノサシを使って、人生の教訓となることを多く教えてくれていると思う。

その一部を引用して下に記しておこう。



・人は無視・賞賛・避難の段階で試される。

・「失敗」と書いて「成長」と読む。

・欲から入って、いかに欲から離れるか

・考え方が変われば行動が変わる。

・人間的成長なくして技術的進歩なし

・人間の価値は他人の評価で決まる



これ以外にも、感謝の気持ちってのを常に持っているべきだとか、チームプレーとはなんぞやといったようなことが、野球を入口にわかりやすく書かれている。

野球選手でない私たちが読んでも十分に有益な本である。というのも、野村監督は、野球を人生のすべてと考えていないからである。人生というもの中に、たまたま野球という職業を生業にしたというだけであり、物事を考えるときには、野球の向こう側に人生というものを見据えていたのが伺える。だから、野球選手でない私たちにも響くものがあるのだと思う。

半日もあれば読めるのでオススメです。705円の文庫だけど、この705円は間違いなく「生き金」になることだろう。

2008年10月17日金曜日

『闇の子供たち』をみて想ふ

ずっと気になってた映画を見てきた。

マイナーな映画館で、一日一回しか上映しない映画を見てきた。

明日で上映が最後みたいなので、朝起きて見てきた。





想うことはたくさんあっても、言葉にはできない。

それくらい衝撃的な内容だった。

ここで書いても安っぽくなるだけ。



みておくべし。みておくべし。みておくべし。

公式ホームページ:
http://www.yami-kodomo.jp/

betweenな建築


先日、大学に藤本壮介が「Primitive Future」というテーマで講演をしにきた。

いま現在、多くの建築学生が参考にしている勢いのある作家だ。

今回の講演は、未来と本質、巣か洞窟か、CityとHouseの間みたいなことを小テーマにしながら、中間的な建築についての氏の考え方をきく機会であった。



色々と思うことは多々あるが、感じたことは2つ。

「建築家が都市のことを深く考えなくなってきてないか?」

「芸術性を求めるか?、社会性を求めるか?」


前者については、最近薄々感じてたことだが、講演を聞いてその思いが増した。

考えていないというのは、語弊がある。でも都市をみた上で、建築をみるという考え方のプロセスが逆転していないか?という疑問を抱いている。

氏は話の中で、住宅と都市の境界線を曖昧にするような建築を目指しているといった主旨のことを話していたと思うのだが、どうも話や作品から感じるものは、内側(住宅)から外側(都市)を一方通行的に見ているように思えてならなかった。

過去の作家(ル・コルビジェしかり、黒川紀章しかり)は、常に都市のことを考えて作品を作ってきたと思う。でも最近の作家は、都市のことを俯瞰的にみながら建築のことを言及しているように思えない。そんな印象をより強めることになった。


後者は、難しい問題なのだが、氏の作品を見て、話を聞いて受けた印象として、どっち目指してるの?っていうことなのだが。例えば、写真の作品『House N』を見てみる。この住宅は、三層の入れ子構造になっており、厳密に言えば、一番外側はガラスなどが入っていない吹きさらしになっていて、その内側は、ガラスやドアがついていて、内部空間を作り出しているのだが、氏曰く、公的空間(都市)と私的空間(住宅)をグラデーション的に作っているとのこと。敷地境界目一杯に箱を作って、これを都市と私的空間を緩やかに繋いでいるってのは少し無理があるんじゃないかと。

建築家は、芸術性と社会性どっちも求めなきゃいけないんだろうが、こういうのを作るのなら、「かっこいい建築が作りたいだけ」って言ってくれたほうがキモチ良い。(前者の話と多少矛盾するが)



自分は建築学を専門にしてはいるものの、作家とか流行とかに疎いからすごく素人目線だけど、逆に言えば、変な風潮とかはそっちのけで建築を見ていると思う。そういう観点でみると、「売れてるから良い建築だ」と首を縦に振れない。

2008年10月7日火曜日

王朝が終る


今日、王貞治監督がユニフォームを脱いだ。

世界のホームラン王が、現場から去った。

現役時代は、ジャイアンツの黄金時代を担い、監督になってからは万年Bクラスの球団を常勝チームへと変化させた。さらに、WBCではイチローらMLB選手らを見事にまとめあげ、小さな島国日本を世界一へと導いた。

数々の栄光を駆け抜けてきた人の最後の試合は、皮肉にも、最終戦が最下位決定戦となってしまった。しかもその結果は、延長戦の末のサヨナラ負け。

首位奪回を謳いながら、最後は最下位で終るというなんとも切ない幕切れとなり、ひとつの時代の終りを物語っていた。



この試合の結果を知った時に、自分が感じたことは、王監督の心情ではなく、部下である選手たちの心情である。

城島、イチローなど数多くの一流選手が尊敬してやまない偉大なボスであり、素晴らしい人間性をもった人物の下で働く人間は、有終の美を飾るどころか、最下位というおまけまでつけて期待に添えなかった無念さはいくばくか…。イチロー曰く、「この人には、恥をかかせられない。」イチローをもってこう言わしめるようなもの凄い人なのである、王貞治は。

今シーズン、けがでシーズンの大半を棒に振った主力である小久保、斎藤(和)、川崎をはじめ、その他不本意な成績に終った松中らの悔しさは想像を絶する。男を漢にできなかった無念さを思うと、切なくさえなる。(ふと、体育祭のことを思い出した。)



王貞治、清原和博…二つの巨星が球場から姿を消し、また新たな時代がやってくる…。

2008年10月3日金曜日

タイムリミット半年

「ピンチはチャンス」

厳しい荒波にもまれると強くなる。



「主体的に取り組む」

やらされるとおもしろくない。
やってやるとおもしろい。



「one for all」

自分が支えていくのだという強い気概をもつこと。
あとは、タイミングや運次第。





こんな時代だからね。明日のことなんてわからんね。30年前の人がいまの世の中をちゃんと予想できたとは思えないのと同じで、次の30年はどんなことが起きるのかはわからん。

うまいことその"波"とやらに乗れるかどうか。時には波に呑まれるかもしれんが、そうやって波の乗り方、乗り越え方を覚えていくのもいいかもしれん。

若いうちに苦労をする、そんな環境に嫌が応にもなっていくことを少しだけ願う。


もうあと半年で世の中にぶち込まれる…はず。